イントロダクション

佐藤泰志の小説、五度目の映画化。
函館の街を黙々と走り続ける男の、生の輝きを描きだす。

心に失調をきたし、妻とふたりで故郷函館へ戻ってきた和雄。病院の精神科を訪れた彼は、医師に勧められるまま、治療のため街を走り始める。雨の日も、真夏の日も、ひたすら同じ道を走り、記録をつける。そのくりかえしのなかで、和雄の心はやがて平穏を見出していく。そんななか、彼は路上で出会った若者たちとふしぎな交流を持ち始めるが—。数々の映画賞を受賞し話題を呼んだ『きみの鳥はうたえる』(18)に続き、佐藤泰志の小説、五度目の映画化であり、シネマアイリス企画・プロデュース作品としてもこれが五作目となる。原作は、佐藤自身が自律神経失調症を患い、療法として始めたランニング経験をもとに書いた短編小説。1979年に発表された原作を現代に置き換え、光あふれる函館の風景のなかで映像化したのは、『空の瞳とカタツムリ』(18)『なにもこわいことはない』(13)の斎藤久志。どうしようもない孤独を抱えた人々の葛藤を静かな気迫で捉えた本作。何かを追い求めるように黙々と走り続ける男の姿を通して、死に引き寄せながらも懸命に生きようとする人間の生の輝きをまざまざと描きだす。

俳優たちの繊細な演技が織りなす人間模様。
心を病んだ男の変化と、夫婦が再び向き合うまでの静かな道程。

心を病み、ランニングに没頭する和雄役を演じたのは、『寝ても覚めても』(18)以来三年ぶりの主演作となる東出昌大。常に危うい雰囲気を漂わせながら、走ることで徐々に再生していく男の変化を細やかな身体表現にて体現した。慣れない土地で不安に苛まれながらも夫を理解しようと努める妻・純子役は、『先生、私の隣に座っていただけませんか?』(21)『マイ・ダディ』(21)など出演作が続く、いま注目の奈緒。ふたりの俳優の繊細な演技によって、原作にはなかった夫婦の崩壊と再スタートというテーマが立ち上がった。その他、和雄に寄り添う友人役で大東駿介、精神科医役で室井滋らが出演。また、Kaya、林裕太、三根有葵ら若手俳優たちが和雄と交流する若者たちを演じ、みずみずしい存在感を放つ。

ストーリー

工藤和雄(東出昌大)は、昔からの友人で今は高校の英語教師として働く佐久間研二(大東駿介)に連れられ、病院の精神科へやってくる。和雄は東京で出版社に勤めていたが、徐々に精神のバランスを崩し、妻の工藤純子(奈緒)と共に故郷の函館に帰ってきたばかりだった。精神科で医師の宇野(室井滋)と面談した和雄は、自律神経失調症だと診断され、運動療法として毎日ランニングをするように指示される。

札幌から函館へ引っ越してきた小泉彰(Kaya)は、スケボーで街を走っていく。転校したばかりで、学校ではどこか孤立気味の彰は、同じバスケ部に所属する同級生から、夏になったら海水浴場の近くにある巨大な岩から海へダイビングしてみないかと誘われる。誘いを了承したものの実はカナヅチの彰は、市民プールへ練習しにでかけ、そこで見事な泳ぎをする高田弘斗(林裕太)と出会う。弘斗は以前中学でいじめに遭い、不登校になった経験があるという。弘斗は、泳ぎを教える代わりに自分にスケボーを教えてほしいと頼む。弘斗の姉、恵美(三根有葵)も加わり、3人は人工島「緑の島」の広場で遊ぶようになる。

医師の指示通り、和雄は仕事をしばらく休み、毎日同じ場所を走り始める。少しずつ距離を伸ばしていく和雄だが、走る以外は何もできず、家事をすることも、純子を気遣うこともできない。函館山のロープウェイで案内スタッフとして働く純子は、黙々と走る夫と、愛犬ニコとともにどうにか生活を続けていた。東京出身の純子には、夫とその両親以外、函館には頼れる人が誰もいない。

広場で花火をする彰たち。その周囲を走る和雄に気づき、彰と弘斗は追いかけるように走り出す。すぐに脱落してしまう弘斗をよそに、彰は必死で和雄と並んで走り続ける。この日を境に、3人は時々一緒に走るようになる...。

キャスト

東出昌大|工藤和雄役

1988年生まれ、埼玉県出身。モデルとして活躍後、『桐島、部活やめるってよ』(吉田大八、12)で俳優デビュー、本作で第36回日本アカデミー賞新人俳優賞などを受賞する。主演を務めた『寝ても覚めても』(濱口竜介監督、18)は、第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品されるなど国内外で高い評価を受けた。第77回ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞した『スパイの妻』(黒沢清、20)では主人公夫婦を追い詰める憲兵役を演じる。その他、主な映画出演作に『アオハライド』(三木孝浩、14)、『聖の青春』(森義隆、16)、『菊とギロチン』(瀬々敬久、18)、『パンク侍、斬られて候』(石井岳龍、18)、『おらおらでひとりいぐも』(沖田修一、20)、『BLUE/ブルー』(吉田恵輔、21)など。

奈緒|工藤純子役

1995年生まれ、福岡県出身。20歳で上京し、2018年連続テレビ小説『半分、青い。』(NHK)でヒロインの親友役に抜擢。翌年にはテレビドラマ『あなたの番です』(NTV)に出演、その怪演ぶりが話題となる。2019年には『ハルカの陶』(末次成人)で映画初主演。その後も映画、テレビを問わず次々に話題作に出演する。その他、主な映画出演作に『僕の好きな女の子』(玉田真也、20)、『事故物件 恐い間取り』(中田秀夫、20)、『みをつくし料理帖』(角川春樹、20)、『先生、私の隣に座っていただけませんか?』(堀江貴大、21)、『君は永遠にそいつらより若い』(吉野竜平、21)、『マイ・ダディ』(金井純一、21)など。

大東駿介|佐久間研二役

1986年生まれ、大阪府出身。2005年、TVドラマ『野ブタ。をプロデュース』(NTV)で俳優デビュー。歌手・松山千春の自伝を映画化した『旅立ち 足寄より』(今井和久、09)で映画初主演。映画、テレビ、舞台と幅広く活動する。舞台では、串田和美や長塚圭史、赤堀雅秋など、有名演出家の作品に数多く出演。11月より松尾スズキ演出「パ・ラパパンパン」への出演も控える。その他、主な映画出演作に、『望郷』(菊地健雄、17)、『曇天に笑う』(本広克行、18)、『37セカンズ』(HIKARI、20)、『明日の食卓』(瀬々敬久、21)など。

Kaya|小泉彰役

2001年生まれ、神奈川県出身。スケボークルー〈NEW SIDE〉に所属し、スケーター、モデルとして活躍。Abema TV配信の恋愛リアリティショー「オオカミちゃんには騙されない」に出演し人気を呼ぶ。本格的な映画出演は本作が初となる。

林裕太|高田弘斗役

2000年生まれ、東京都出身。2020年より俳優として活動を始め、ドラマ「生徒が人生をやり直せる学校」(NTV)や「そのご縁、お届けします-メルカリであったほんとの話」(MBS/TBS)、「ソロモンの偽証」(WOWOW)などに出演。人気シリーズ「特捜9 Season4」(EX)では第10話にメインゲストで出演した。本作で映画初出演。

三根有葵|高田恵美役

2001年生まれ、東京都出身。2019年TBS「林先生の初耳学」内の企画「アンミカ先生のパリコレ学」2期生として出演後、現在はコレクションを中心にモデルとして活躍中。本作で映画初出演。

室井滋|宇野正子役

富山県出身。1981年、『風の声を聴け』(大森一樹)でデビュー。『居酒屋ゆうれい』(渡邊孝好、94)、『のど自慢』(井筒和幸、99)、『OUT』(平山秀幸、02)、『ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜』(根岸吉太郎、09)他で日本アカデミー賞、ブルーリボン賞をはじめ数多くの映画賞を受賞。その他、主な映画出演作に『人間失格』(荒戸源次郎、10)、『小さいおうち』(山田洋次、14)『人生の約束』(石橋冠、16)、『デイアンドナイト』(藤井道人、19)、『大コメ騒動』(本木克英、21)など。エッセイ、絵本など著書も多数。

スタッフ

監督|斎藤久志

1959年生まれ。高校在学中より自主映画制作を始め、1985年、『うしろあたま』がPFFに入選。スカラシップを獲得し『はいかぶり姫物語』を監督すると同時に審査員だった長谷川和彦監督に師事する。1992年、テレビ『最期のドライブ』(長崎俊一)で脚本家デビュー。Vシネマ『夏の思い出〜異・常・快・楽・殺・人・者〜』(95)、SMAP主演の『はじめての夏』(93)を経て、1997年『フレンチドレッシング』で劇場監督デビュー。2000年には舞台『お迎え準備』の作・演出を手がける。その他の監督作に『サンデイ ドライブ』(98)『いたいふたり』(02)『ホワイトルーム〜重松清「愛妻日記」より〜』(06)『スーパーローテーション』(11)『なにもこわいことはない』(13)『空の瞳とカタツムリ』(18)など。脚本家としては『湾岸バッド・ボーイ・ブルー』(富岡忠文、92)、『「物陰に足拍子」よりMIDORI』(廣木隆一、96)『カオス』(中田秀夫、00)、『M』(廣木隆一、06)など。

脚本|加瀬仁美

日本映画学校卒。助監督・制作部として現場に入り、2011年『スーパーローテーション』(斎藤久志)で脚本家デビュー。2013年『なにもこわいことはない』(斎藤久志)、2018年『名前のない女たち うそつき女』(サトウトシキ)の脚本を書く。2014年には、監督・脚本・製作の自主映画『つまさき』を劇場公開する。ほか2016年激嬢ユニットバス公演『dishes』脚本など。

撮影|石井勲

日大芸術学部映画学科卒業後、撮影助手として活動し、1993年に独立。斎藤久志監督とは1986年、PFFスカラシップ作品『はいかぶり姫物語』をはじめに、その後『サンデイ ドライブ』(98)『なにもこわいことはない』(13)『空の瞳とカタツムリ』(18)で撮影を手がけている。また、矢崎仁司監督とは、学生時代に『風たちの午後』(80)へ参加して以降、『三月のライオン』(92)『ストロベリーショートケイクス』(06)『スイートリトルライズ』(10)『無伴奏』(15)他、最新作『さくら』(20)まで長年タッグを組んでいる。その他、撮影を担当した作品に『トカレフ』(阪本順治、94)、『チンピラ』(青山真治、96)、『ベル・エポック』(松岡錠司、98)、『火星のカノン』(風間志織、02)、『人生、いろどり』(御法川修、12)など。

原作|佐藤泰志

1949年生まれ、北海道函館市出身。高校時代より小説を書き始め、有島少年文芸賞を2年連続で受賞する。國學院大学卒業後、文芸誌等で小説を発表し続け、77年に『移動動物園』が新潮新人賞候補となる。81年に発表した『きみの鳥はうたえる』で第86回芥川賞候補となる。以降あわせて5回、同賞候補になるがいずれも受賞には至らなかった。89年、『そこのみにて光輝く』で三島賞候補になる。その後『海炭市叙景』を文芸誌『すばる』に断続的に掲載。90年に自ら命を経つ。享年41。死後は全作品が絶版となっていたが、2007年に『佐藤泰志作品集』がクレインより刊行。10年に函館の有志たちの手により『海炭市叙景』(熊切和嘉)の映画化が実現、これにあわせて過去の小説作品が次々に文庫化され再評価の動きが高まっていく。その後『そこのみにて光輝く』(呉美保、13)、『オーバー・フェンス』(山下敦弘、16、原作は『黄金の服』に収録)、『きみの鳥はうたえる』(三宅唱、18)と次々に作品が映画化。ドキュメンタリー映画『書くことの重さ 作家 佐藤泰志』(稲塚秀孝、13)も製作された。

コメント

心を病んだ男がそれでも毎日走る理由は、きっと「良くなりたい」からだと思います。
そして「良い」とは何なのか。
羽毛のように柔らかい函館の西陽を受けながら、皆で作った映画です。
楽しみに待っていてください。

-工藤和雄 役(東出昌大)

何故そんなに脆いのか、走り続けることに意味があるのか。
この主人公を理解することを諦めたくないと思いました。
そんな自分が彼を一番そばで理解しようとする純子と重なり、私は函館に向かいました。
「私は私でいれば良い」と気づかせてくれた函館での苦しくもこのうえなく大切な時間に、心から感謝しています。
『草の響き』が皆様にも届きますように。

-工藤純子 役(奈緒)

まさか映画館に当たり前に行けなくなる日が来るなんて思わなかった。
まさか大切な友が突然逝ってしまうとは思わなかった。
自分自身なかなか処理しきれない感情にあったまさにそんなとき、この作品と出会え、函館の映画館シネマアイリス菅原氏のもと、函館出身の小説家、佐藤泰志氏の作品を、全編函館で映画を撮れた時間は とても濃密で贅沢で救いでした。
心を病んだ友を支える役を通して、心の奥底と深く向き合う時間は、函館の空気も相まって、冷たく辛くあたたかく優しい時間でした。

-佐久間研二 役(大東駿介)

本格的な映画出演ははじめてで、「草の響き」という素晴らしい作品に出演させて頂く事ができ、とても充実した時間を送る事が出来ました。
この作品を通して演技の楽しさや今後お芝居を頑張りたいという気持ちが強く固まりました。
その中で、小泉彰という自分とは全く正反対の役を演じることにとても苦戦しましたが、東出さんや大東さんなど皆さんに助けられながら自分なりにこの役を演じ切れたと思います。
色々な思いが詰まった作品となっているので皆さんに見て頂ける事が待ち遠しいです。

-小泉彰 役(Kaya)

函館での撮影は強く、鮮明に自分の記憶に残っています。
函館の長閑な風景をよく思い出し、恋しくなります。
現場で斎藤監督やスタッフの方々、共演者の方々に何度も助けられました。
寒さが厳しい中での撮影でしたが、人の優しさに触れられたような温かい時間でした。
『草の響き』は人の気持ちや温かさがゆったりと伝わってくる映画です。
人と生きていく上で大切なことを教えてくれたこの作品が多くの人に届いてほしいです。

-高田弘斗 役(林裕太)

全てがはじめての経験で分からないことだらけだった私は函館という街、斎藤監督をはじめとするスタッフの方々、そして共演者の方々に支えられ、何度も助けていただきました。
この作品は私に新しい景色をみせてくれました。
どんなことも包み込んでくれるようなあたたかくて優しい街で作った作品、沢山の方に届いてほしいです。

-高田恵美 役(三根有葵)

偶然だが僕は、佐藤泰志が亡くなったとされる場所からさほど遠くない所に、妻と子と4匹の猫と1匹の犬と暮らしている。
そして西武線に乗って佐藤泰志の小説『移動動物園』の舞台となった恋ヶ窪の駅を通過して都心に向かう。
もし、佐藤泰志が「小説」と言う人生を全うしたと仮定するなら、おそらく僕は今、「映画」と言う人生の途中にいるんだと思う。
人生とは時間。
それぞれの時間の重なり合った先に一つの映画が生まれました。
そこに観る人の時間が重なれば幸いです。

-『草の響き』監督(斎藤久志)

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